2012年04月13日

「偽物語」(1)



 「偽物語」は2012年1月から放映されたアニメ作品。「化物語」の続編。原作は西尾維新の同タイトルのライトノベル。監督は新房昭之、音楽は神前暁、音楽制作はアニプレックス、制作はシャフト、製作はアニプレックス、講談社、シャフト、全11話。
 怪異にかかわった少年・阿良々木暦とその周辺を描いた「化物語」の続編です。「化物語」はゴールデンウィーク空けあたりのお話でしたが、本作は夏休みのこと。進化するキャラクターは髪を切ったりはもちろんなんですが、デザインもかなり変更されてグッと雰囲気も異なります。ただ、画の美しさは変わらずお見事でした。殊に本作のヒロインである阿良々木火憐と阿良々木月火のファイヤーシスターズの二人がアニメとは思えないくらいに可愛い(笑)。また前作では一言も発しなかった忍野忍ことキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが暦の影から出没しては毒舌を振るう。
 本編は「かれんビー」(7話)と「つきひフェニックス」(4話)の2本。僕は原作を読んでいないので良く知らないのだけれど、直接本編に関係のない千石撫子、八九寺真宵、神原駿河との雑談の部分が異常に多くて、特に「つきひフェニックス」の方はなかなかストーリーが展開しないで「ん?」の状態でした。終わってみれば、その雑談部分のサービスカットがすごいです。撫子がかわいい。
 テーマは偽物と本物、正義と偽善かな。「聖闘士星矢」でデスマスクが老師に吐いた言葉、「「例え悪だろうがなんだろうが、最後に勝ったものこそが正義となる。言い方を変えれば正義も負ければ悪となりうることもあるのです。」がふと頭をよぎりました。名文句ではないけれど、影縫余弦が最終回で論じたことはなかなか奥の深い内容でした。
posted by KAZU at 08:54| Comment(2) | TrackBack(0) | アニメーション
この記事へのコメント
>影縫余弦が最終回で論じたこと…
「本物」も、また、理想の何かに対して、「どれだけ近づいているかという定義なのであれば」、飽くなき理想を追求するという意味合いで 偽物の目指す本物こそが本物だと云えるかも知れないんですけどね。

ボクは根本からして違うかな。
「本物」は、理想とは関係なくオリジナリティであって、「偽物」は、何かをまねようとする時点で偽物。
でも、例えばファンアート的なモノならば、そこに別の個性さえあれば...で無ければ、オリジナルでは無いという...真似たという宣言さえあればオッケーで、「自分こそがオリジナルだと言い張る」ならば、その「偽物は悪と同義」なのかもしれない。

でもでも、月火ちゃんは、しっかりオリジナルだと思う。
人の形を真似したものかも知れないけど、月火ちゃんと云うオリジナルを真似し乗っ取ったものでは無いですから。


正義ねぇ...ボクは初めから「正義は立場によって違う」...つまり、正義とか定義づけてる理想そのものが人により違うので、そもそも共通した正義なんてモノは無いと定義しちゃってる。

「盗人にも三分の理」なんて諺があるけど、これが一般的な、「正義から見た悪」でしょうか。もっともらしい理屈を付けてても悪は悪。みたいな。でも...ボクの理屈からみれば...「困窮きわまりなく手段を選べなくなったら迷わず盗め!」です。食べ物が無くなって三人餓死なんてニュースをこの間見たけど、ボクが人の親ならば、子に、「死ぬならば盗める人になって欲しい」と願います(爆)。いやホントに。
ボクにとっては、代替の効く「モノ」と「生き物の命」とを一緒に天秤で計れる考えとかが悪かもしれない。
Posted by t_aki(たみぃ) at 2012年04月22日 06:37
僕は本物と偽物は自分なりにきっちり定義できていると思ってます。
月日ちゃんは本物、同感。
オリジナルをコピーしたものでも、真似たものでもないですものね。

問題は「正義」の方です。
こっちは難しい。
実は先月、職場のISOの審査の時に「資産価値」について審査員と議論になったのですが、
審査員曰く「資産の価値は保管場所や管理者が変わっても変化しない」
僕は絶対的な価値、普遍的な正義なんてものは存在しないと思ってます。
つまりは「資産の価値は保管場所や所有者・管理者によって変わる」と思ってます。

大筋でt_aki(たみぃ) さんと同意見かな。
Posted by KAZU at 2012年04月22日 08:52
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